大阪家庭裁判所 昭和40年(少イ)26号 判決 1966年3月31日
被告人 株式会社京橋松竹
右代表者代表取締役 東雲健
主文
被告会社を科料八〇〇円に処する。
訴訟費用は全部被告会社の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告会社は肩書本店所在地において酒類販売を業務とする喫茶店「オスカー」を経営しているものであるが、被告会社の従業者原田美代子は右会社の業務に関し、昭和四〇年二月一五日午後三時五〇分頃右店舗において飲食客○原○博(昭和二三年七月一六日生)および同○嶋○一(昭和二二年一二月八日生)の両名に対し、同人等が未成年者で同人等の飲用に供することを知り乍ら、ビール二本を代金三〇〇円相当で飲酒させ販売したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
法律に照らすと被告会社の右未成年者両名に対する判示所為は何れも未成年者飲酒禁止法第一条第三項、第三条、第四条、第二項第三項、明治三三年法律第五二号第一条本文、罰金等臨時措置法第二条第二項に該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により犯情重き○原○博に対する未成年者飲酒禁止法違反の罪の刑に従い、その所定金額の範囲内において被告会社を科料八〇〇円に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用してその全部を被告会社の負担とする。
(弁護人の主張に対する判断)
被告人株式会社京橋松竹は、その経営に係る喫茶店「オスカー」の従業者原田美代子が、ウエイトレスとして同会社の業務に関してなした判示未成年者飲酒禁止法違反の行為につき、同法第一条第三項、第四条第二項の営業者の関係にあるものであつて従業者原田美代子が判示違反行為をなしたこと自体は判示のとおり弁護人も強いて争わない。ところが弁護人は被告会社代表者において未成年者に酒類の販売を防止する為「オスカー」の従業者に対して選任監督その他必要な注意をなしていたもので、被告会社は本件違反につき過失なく、従つて刑事責任を負うべきいわれがない旨主張する。そこで先ず第一に本件未成年者飲酒禁止法第一条第三項、第三条、第四条第二項第三項違反事件(以下本件違反事件という)について営業者が無過失の主張立証をなして、その責任を免れることができるか否かについて論じ、第二に営業者の無過失を主張立証してその責任を免れることができるものとすれば、本件違反事件について、その証明があつたか否かについて検討することとする。
第一、未成年者飲酒禁止法(以下禁止法という)は第一条第三項で営業者の未成年者に対する酒類の販売を禁じ、その違反について第三条で科料の罰則を科し、第四条第二項で「営業者ハ其ノ代理人同居雇人其ノ他ノ従業者ニシテ其ノ業務ニ関シ本法ニ違反シタルトキハ自己の指揮ニ出テサルノ故ヲ以テ処罰ヲ免ルルコトヲ得ス」と規定して営業者の業務に関する従業者の違反行為につき、営業者が刑事責任を負うべき根拠を示し、第四条第三項で明治三三年法律第五二号(以下法律第五二号という)を右禁止法に依る犯罪に準用しており、法律第五二号第一条本文によれば「法人ノ代表者マタハ其ノ雇人其ノ他ノ従業者法人ノ業義ニ関シ…………ニ関スル法規ヲ犯シタル場合ニ於テハ各法規ニ規定シタル罰則ヲ法人ニ適用ス」と規定し、営業者が自然人でない法人の場合にも亦処罰の対象となることを明らかにしている。そこで右禁止法第四条第二項法律第五二号第一条本文のような従業者の違反行為につき、営業者を処罰し、従業者は処罰されない規定は所謂転稼罰規定といわれるものであるが、この転嫁罰の規定は果して営業者の無過失責任を規定したものか、或は営業者の過失責任の規定であろうか、疑問なしとしない。そもそも刑事法の分野においては原則として故意を処罰することにし、例外として過失を罰することを定め、それ以外の原因に基く刑罰を許していない所謂責任主義がとられているのであつて、無過失の者を処罰するということは許されない筈である。この点について参考となるのは従業者の違反行為につき従業者も営業者も処罰する所謂両罰規定について判例のとつている態度である。両罰規定といつてもその規定の仕方にはいくつかの種類があつて、またその表現の仕方も種々まちまちであるが、両罰規定の中で但書で営業者(または事業主ともいわれる)が、従業者の違反防止に必要な注意監督が尽されたことの証明があつたときは、営業者を処罰しないとするものがあるが(所謂免責規定といわれるもので、例えば道路法第一〇五条等に見られる)このような場合は明文の規定があるのでこれによることは勿論であるが、この様な免責規定の明文がなく単に従業者の違反行為につき営業者を処罰する場合がある。(例えば所得税法第七二条等)この両罰規定で免責規定のないものについて大審院は古くから無過失責任主義をとつて法人(または事業主)が従業者の選任監督につき、相当の注意をなしたる場合なると否とを問わず処罰されるものと解してきたのであつて、無過失責任主義は大審院の伝統的判例の態度であつた。ところが最高裁は近年免責規定のない両罰規定につき、事業主が自然人たると法人たるとを問わず事業主が従業者の選任監督その他違反行為を防止する為必要な注意を尽さなかつた過失の存在を推定した規定と解するに至り(後記大法廷判決等参照)所謂過失推定説をとることを明らかにし、免責規定のある両罰規定と結果的に同様な結論になることを示し、責任主義の原則に立帰り従来の大審院の伝統的判例を変更するに至つた。そしてこの最高裁の判例は幾度も踏襲されるに至つた。(例えば最判昭和三二年一一月二七日判例集一一巻一二号三一一三頁大法廷判決で少数意見がある。最判昭和三三年二月七日第二小法廷判例集一二巻二号一一七頁、最判昭和三七年三月一六日第二小法廷判例集一六巻三号二八〇頁、最判昭和三八年二月二六日第三小法廷判例集一七巻一号一五頁、最判昭和四〇年三月二六日第二小法廷判例集一九巻二号八三頁)また免責規定のない転嫁罰規定についての大審院の判例の態度も、右免責規定のない両罰規定と同様に無過失責任主義をとり(例えば大判大正一二年二月二七日判例集二巻一三四頁、大判大正一三年四月一日判例集三巻二七六頁、法曹会決議明治四一年一一月七日特別法判例総覧刑事編下一四三五頁)法人が従業者の選任監督につき相当の注意をなしたると否とを問わず処罰すべきものとされ、これが大審院以来の支配的見解とされていたのである。尤も大審院の判例の中には免責規定のない転嫁罰規定について不可抗力の主張を許す判例も散見される(例えば大判昭和一三年四月一二日判例集一七巻三一一頁)が、これらは無過失責任の多い判例中例外的判例に過ぎないものである。ところで両罰規定といい転嫁罰規定といい両者は直接の違反行為者が罰せられるか否かの違いであつて直接の違反行為者の違反行為あるときは、営業者を処罰するという点では全く同じであつて両者の相違は政策的な立法上の問題に過ぎない。前記禁止法や法律第五二号の様な古い法律には転嫁罰の規定がみられるが最近の行政立法の諸法令には転嫁罰の規定よりも両罰規定が多くなつており、しかも免責規定のある両罰規定が立法されてきている。両罰規定と転嫁罰規定とは矢張り統一的に解釈して営業者の責任を定めるのが正しい態度であると考える。殊に「自己ノ指揮ニ出テサルノ故ヲ以テ処罰ヲ免ルルコトヲ得ス」と表現する形式の転嫁罰規定は、最近の立法では殆んど見られなくなつてきつつある。そこで前記禁止法第四条第二項法律第五二号第一条本文の規定であるが、法律第五二号第一条本文の規定の形式だけの(即ち禁止法第四条第二項の如き表現をしない)立法例もありまた営業者が法人と人である場合につき、右禁止法第四条第二項の如き表現だけの(即ち法律第五二号第一条本文の如き表現をしない)立法例もある。また法律第五二号第一条本文の規定形式は、直接違反者の処罰を除いては大体最近の免責規定のない両罰規定の形式と同じである。右禁止法第四条第二項の「自己ノ指揮ニ出テサルノ故ヲ以テ処罰ヲ免ルルコトヲ得ス」という意味は故意を必要としないことはいう迄もないが、過失を必要としないと迄は表現された言葉自体からは明白でない。矢張り古い法律であるから右法律第五二号第一条本文や最近の両罰規定の表現形式と同一の趣旨を言葉をかえて表現したものと解することが、前述の如き立法のいきさつや、両罰規定と転嫁罰規定の統一的解釈から妥当であると思う。そうだとすれば右禁止法第四条第二項法律第五二号第一条本支は、最近の免責規定のない両罰規定と同様に解釈して営業者の責任を定めることが妥当であると考える。それ故前記転嫁罰規定について大審院のとつてきた無過失責任主義の態度は、前記両罰規定についての最高裁の判例の趣旨によつて変更されたものと解し、最高裁の前記両罰規定についての解釈は、両罰規定のみならず、転嫁罰規定についても推及されるものと解する。従つて右禁止法第四条第二項法律第五二号第一条本文の規定は、営業者の過失責任を推定したもので、営業者は無過失を主張立証して処罰を免れることができるものと考える。この様に考えることが結局刑事法の全分野において責任主義を貫くことになり、法の精神に適合するものであると解する。検察官はこの点につき本件違反事件は営業者の無過失責任であるとの見解を主張しているがこの見解は採用し難く、弁護人の主張する如く過失責任主義に立脚するものであると考えるのが妥当である。したがつて被告会社は、営業者として従業者原田美代子の本件違反事件について、営業者の無過失を主張立証してその刑事責任を免れることができるものというべきである。
第二、次に被告会社に、本件違反事件について過失があつたかなかつたかの点であるが、本件転嫁罰規定には明文の免責規定はないけれども、前記最高裁の判例の趣旨に則り、被告会社代表者が従業者の選任監督その他違反行為を防止する為必要な注意を尽したか否かということになる。よつてこれについて検討するに前掲各証拠(判決の証拠の標目に挙示した)に、証人竹馬トミエ、同広瀬市郎、被告会社代表者の当公廷における各供述(但し証人竹馬トミエ、同広瀬市郎被告会社代表者の当公廷における各供述中後記措信しない部分を除く)を綜合すると、被告会社は、本件違反当時資本金五〇万円の株式会社で昭和二六年頃設立されたもので、従業者八〇名から九〇名をようし、前判示場所において同一の建物の中で遊技場、お好み焼、麻雀、食堂、喫茶店、個室喫茶店等をはばひろく営業し、その中の一部門として右建物の二階に本件喫茶店「オスカー」を営業し(尚、被告会社代表者の当公廷における供述および営業者台帳謄本によると「ニューオスカー」は被告会社の経営する個室喫茶店であるが、本件喫茶店「オスカー」とは異る)来客の求めにより、一般の飲食物の外ビール洋酒等を提供して販売していたもので、被告会社の代表者は、代表取締役社長の東雲健で被告会社の外八つの会社を経営し、多数の従業者を監督する地位にあつて「オスカー」担当の山本総務部長と共に、右建物四階の総合事務所に勤務し「オスカー」専属の従業者は、係長(マネーヂャーとも支配人ともいわれる)広瀬市郎一人、レジスター二人、バーテン四名原田美代子を含むウエイトレス一〇名から一二名で、社長、部長、係長(課長はない)ウエイトレス等一般従業者の順に監督し、特に係長広瀬は一六、七名のウエイトレス等一般従業者を直接に監督する幹部で、社長よりウエイトレスの事実上の採用、人事、物品の保管、ウエイトレス等一般従業者の監督等の重要な権限を大幅に与えられ、ウエイトレス等と同室に勤務し、その勤務時間は正午より午後一一時頃までで午前中は来客も少い関係から係長は勿論係長に代る監督者も置かずに営業し、ウエイトレス等一般従業者は半分づつの二交替制で、その勤務は早出の者が午前八時より午後四時迄、遅出の者が午後三時より午後一一時迄でウエイトレスは定期不定期に採用されその在職の期間もまちまちで、その年齢も二〇歳前後の者が多く、来客は通常午後六時頃より午後八時半頃までが特に多く、(しかし本件違反の時刻頃ウエイトレスは多忙であつた)一日の平均来客は二〇〇人から四〇〇人を数える状態であつたこと。
原田美代子は、昭和四〇年一月二七日頃新聞広告によつてウエイトレスとして右「オスカー」に採用されたものでその際未成年者に酒類を販売しない旨の条項の記載ある誓約書(領置に係る昭和四〇年押第一〇七〇号の11)を作成して被告会社に提出したことはなく、(尚領置に係る同号の10の未成年者に酒類を販売しない旨の条項のない誓約書も亦被告会社に提出していない)確実な身元確認の調査もなされないまま採用せられ、原田の採用の際および雇用期間中未成年に酒類を販売しないための諸注意は社長部長係長を含む上司は勿論同僚からも一度も聞かされたことはなく、まして来客より年齢確認の資料の提示を求めて、未成年者の疑ある者に対する酒類の販売を考慮すること等も原田自身見聞したことはないし、未成年者への酒類の販売を禁止する為原田を含むウエイトレスの研修講習の開催、回覧や掲示による違反防止の徹底等もすべて実行されていない。その他此種違反防止の適切な指導は何等なされておらないし、原田は社長との会話は勿論面接すらしたことなく同年二月一七日頃在職僅か二二日余で退職したもので、本件違反当日原田の直接の上司係長広瀬は家庭の事情で、無届遅刻し右事件発生後の午後四時過になつてやつと出勤し、初めて事件の発生を察知するに至つたもので、右事件当日の正午より午後四時過迄不在で、右「オスカー」はその間右係長に代る監督者も置かずウエイトレスの原田を直接監督する者のないまま営業がなされ(その当時山本総務部長は在勤していた)係長広瀬から会社へ連絡なく、社長も総務部長も右係長広瀬の遅刻や本件違反事件を知らずそのまま放置されていたもので、被告会社では従業者遅刻の場合は遅刻した本人より会社に連絡することになつており、連絡があれば社長部長他の適当な部下が係長の代理をすることになつていたが、係長遅刻の場合ウエイトレス等従業者より係長の遅刻を上司に連絡することは、部下が上司を陥入れることとなる為、斯様な連絡はとらせていなかつたしまた上司が係長の遅刻の調査もしていなかつたこと。
本件違反の行われた昭和四〇年二月一五日午後三時五〇分頃ウエイトレス原田は、(当時一九歳)同僚竹馬トミエと共に早出の組に属して(尤も原田はその日残業をしている)右「オスカー」における来客の接待に従事中、来店した三名一組の○原○博(当時一六歳)○嶋○一(当時一七歳)○方○子(当時一六歳)の三名の内右○原、○嶋の両名よりビール二本の注文に接した際(尤も○方○子はビールを飲んでいないしまた代金も支払つてもいない)右○嶋等に対して、学生かどうか質問したところ右○嶋から自分だけは学生でないと答えられ学生の如きものにビールを提供することに稍躊躇したが、結局右○嶋○原が年齢一七、八歳の未成年で且同人等の飲用に供するものであることを容認して、慢然とビール二本を提供して飲酒させ販売したもので、原田は右両名が、未成年者か否か疑義あるまま販売したものでないことを夫々認めることができるのであつて右事実に反する証人竹馬トミエ、同広瀬市郎、被告会社代表者の当公廷における各供述の部分は信用し難いし、被告会社の誓約書二通の中、未成年者に対する酒類の販売を禁止する条項のない誓約書(領置に係る昭和四〇年押第一〇七〇号の10)は、その書面自体に未成年者に酒類を販売させない旨の条項を含まず、且原田より被告会社に差入れていないこと前記認定のとおりであるし、また未成年者に酒類の販売を禁止する条項のある誓約書(同号の11)は、未成年者に対する酒類の販売禁止の条項を含んではいるが被告会社代表者の当公廷における供述によれば本件違反事件後に作成されたものであつて、領置に係る写真九枚(同号の1乃至9)中の未成年者飲酒禁止の掲示ある写真二枚(同号の2、3)は、前記認定の通り本件当時「オスカー」に掲示されていたものと認め難いからその掲示は本件後作成貼付されたものというの外なく、他の写真七枚(同号の1、4乃至9)は、「オスカー」の店内の模様を撮影したもので被告会社の無過失の立証と直接の関係はない。結局これらの弁護人提出の証拠は本件被告会社の無過失を証するに足りない。
原田美代子の行為が以上認定の通りであるとすると、被告会社の従業者原田美代子は、被告会社の業務に関し未成年者○嶋○一同○原○博の両名に対し、同人等が未成年者で且同人等の飲用に供することを知つて、ビール二本を飲酒させてこれを販売したことは、禁止法第一条第三項、第三条、第四条第二項第三項に該当するものであり、被告会社においてこれを防止する為には原田に対し未成年者に対する酒類の販売の禁止と、その違反防止の方法について適当な方法を以て、絶えず注意を与え、これを訓練しておくべきであると共に、原田を監督する係長広瀬が無届で長時間遅刻する様なときには、原田を含む一般従業者より直ちにその旨を上司に報告させるか或は社長部長の上司が直接または部下をして調査してこれを早期に発見し、社長部長自らまたは他の適当なる部下をして、係長広瀬の職務を代行し、原田美代子の違反行為の監督にあたらせるべきである。原田美代子に対する此種違反防止の為社長、係長が適切な注意を与えていたとする弁護人の主張立証の認め難いばかりでなく、反つて斯かる注意を欠いで原田に対する違反防止の指導訓練は全く放任の状態におかれていたものであること前記のとおりであつて、係長の長時間の無届遅刻に際し「オスカー」に監督代理者を置かず原田を直接監督する者のないまま営業を継続したことも前記のとおりであつて、原田に対する違反防止の注意は上司や同僚の誰からも与えられず、また誰からも係長に代る監督者を置く措置が構ぜられないという全く放任の状態におかれていたと認めるの外なく、原田を直接監督する係長が原田に対する違反防止の注意を怠つた上無届による遅刻をしたことは、係長が当然なすべき注意をしなかつたことはいう迄もないところであつて、係長の過失といわなければならないところで社長、部長、係長と監督業務が分れている場合、法人の注意監督義務の懈怠は、何人を標準にして考えていかなければならないかということは、極めて困難な問題であるが、法人の過失というからには、一応法人の代表者の過失をいうものと解せられるであろう。しかしながら本件の如く社長は被告会社の外多数の会社を経営し、被告会社だけでも相当の規模を有する会社で、その営業内容も幾部門にも分れて多数の従業者を監督する立場にあつて、係長は社長よりウエイトレスの事実上の採用をなす重要な権限を与えられ事実上「オスカー」における最高の責任者であつて、本件営業の種類規模態様等に鑑み、係長は被告会社という法人の業務の運営について重要な決定権を与えられ、且法人の方針を代表するとなすのを相当とする程度の重要な職務権限を有する幹部職員であるから、斯かる事実上の代表者に相当する係長に過失ある以上法人の責任を認めるのが相当である。仮りに係長の過失だけで法人の責任を認めることが困難であるとしても、係長が当然なすべき注意をしなかつた以上、原田に対する違反防止の注意や、指導、代理監督者を置く措置を、社長や総務部長が自らなすか、他の適当な部下をしてさせるか、或は係長の不注意の事態をすみやかに発見して係長をしてさせるか、何れにしても当然しなければならないのであつて、原田に対する違反防止の適切な注意指導が、社長、総務部長、係長等上司によりされてない上、その上司により原田を監督する代理監督者を置く措置が構じられなかつた以上社長や総務部長もまた当然の注意を怠つていたものと解する外ない。社長は営業の最高責任者であつて、総務部長や係長を含む総ての従業者を一切違反行為をさせない様に万全の注意監督をなすべき義務があるのであつて、斯かる義務を怠つた以上被告代表者即ち被告会社に過失あるものと解する。
仮りに社長が本件違反当時右総合事務所に一週間位在勤していなかつたとしても、右結論を左右しない。何れにしても被告会社が、従業者原田美代子に対し、その選任、監督その他違反を防止する為必要な注意を尽した場合に当らないというべきである。したがつて弁護人の被告会社に過失はないとの主張は採用できない。
よつて主文の通り判決する。
(裁判官 吉次賢三)